『音声言語VI』近畿音声言語研究会 2008年


郡史郎

東京方言における平叙文末の下降増大現象 ―平叙文末は平調か下降調か―

要旨

 単なる情報提示の意図で発せられる平叙文の読み上げ発話においては,アクセント核による急な下降もそうでない緩やかな下降も含め,文末にかけて徐々にその下降の程度が増大する。本研究では文末モーラ以前の区間における下降増大現象の性質について,7名(文により6名)の話者による36文の読み上げ資料の音響分析により検討した。その結果以下のことが明らかになった: (1)核による下降はアクセント単位が文末にある場合に大きいが,その傾向は核が文末に近い場合ほど顕著であること,(2)有核アクセント単位の場合,下降増大はすでに最後からふたつめのアクセント単位において始まっていると見られること,(3)文末のアクセント単位が有核で,しかも直前の有核アクセント単位による意味的限定を受けてアクセントが弱化している場合は下降増大も弱まり,かならずしも顕在化しないこと,(4) (3)と同じ環境においては下降増大は文末アクセント単位のF0ピークの値には影響を及ぼさないこと,(5)有核の疑問文末には平叙文より大きな下降増大があること(文末モーラでの上昇の前),しかし無核の疑問文末には下降増大はないこと,(6)平叙文末では非文末に比べてアクセント単位長(単位末モーラ除く)が大きい場合が多く,これは文末全体のテンポの緩化によると思われること,(7)個人差が大きいが,非常に低い声域にある文末の母音では音声波形の規則性の乱れが観察されることが少なくなく,声帯振動の規則性を乱しうるような発声が文末でおこなわれていると思われること。上記(4)から,東京方言には英語について言われるようなfinal loweringは存在しないと考えられる。また (5)の現象の存在から,平叙文の弁別的な特徴として文末部は緩やかな下降調だとは言えない。終助詞類なしの平叙文の弁別的な特徴は文末モーラに顕著な高低変化のないことであり,文末モーラのみに注目して「平調」と記述するのが正当かと思われる。